
良い本に出会えた。昨今のキャリア(career)本には食傷気味で、しばらくこの手の本は読んでいなかったのだが、この本は凄い。ここ数年感じていたモヤモヤを晴らしていくきっかけになりつつある。こういう本に 7 年前に出会いたかった。これまで、キャリアのことを一緒に議論してくれた多くの友人に薦めたい。(もっとカタカナ用語が少なければ両親にも薦めたいのだが、未出で用いられるカタカナ用語が多いので、ちょっと難しいかもしれない。)
一通り読んだ後、第三章 「高速道路」と「けものみち」、第四章 ロールモデル思考法 をもう一度読んだ。僕にとって、とても示唆に溢れる話だった。ちゃんと整理して書く自信が無いけれど、何を感じて、何を考えたかをメモしておこうと思う。
読み終わってみて振り返ると、僕は、明確に言葉にできてはいなかったものの、5 年ほど前から「けものみち」志向でやってきたのではないかと思う(僕がこの本を有意義だと思う一番のポイントは、こういう議論のベースとなる言葉を定義したというところだ)。でも、「本当に好きなこと」「自分に向いていること」を探して、自分の直観(直感)を信じて、新しいことにチャレンジしつづけてきたが、人生を賭けられるような何かには、出会えなかった。
僕がいつも不安だったのは、「けものみち」の中で、"前に進んでいる"、ということに確信が持てていなかったという点だ。「けものみち」では、とかく程度を計る尺度が整備されておらず、自分のポジションも(自由過ぎて)定義しづらいからだ。自分は、今居るほんの小さな身の周りだけではやっていけているけれど、それで大丈夫なんだろうか。やれる範囲でちょっとだけ動き回っているだけなのではないだろうか。コモディティ化したくない、と思っていても、ちょっと視野を広げてしまうと、実は(自分の程度では)とっくにコモディティ化してしまっているのではないだろうか。
自分がフツーな存在になる(コモディティ化する)のは嫌だという思いだけは、ずっとあった。(コモディティ化することに抵抗の無い人は、この本を読んでもあまり面白くないと思う。)コモディティ化も別に悪くないかもしれないが、僕が僕自身をツマラナイものだと思ってしまうのが嫌なんだと思う。
この本を読んで、『そうか、「けものみち」のキャリアでもアリなんだ』と少し嬉しくなったが、いっぽうで、「けものみち」志向でいること自体が、今後はコモディティになってしまうのではないか、とまた不安になってしまった。そのくらいの「病的なまでの心配性」が良いのだろうか。
そんな感じで悶々としていたら、江島さんのブログにも救われた。
技術と思考を磨くことだけ怠らずにいれば、いつか世の中の変化と自分のモードがマッチする瞬間がやってくる。そのときまで、諦めず、ただ静かに歩めばいい。これは言うほど簡単ではない、チャレンジと呼ぶに値する生き方だ。
これには、シビれた。そう、言うほど簡単でないですよね。だから今までも不安だったんだな。これからも、これが続くんだろうと思う。
でも、この数行で、やっぱりチャレンジしつづけようと思った。楽観的過ぎるかもしれないが、この数行で僕には十分だった。どこかで自分のモードが「高く険しい道」へのチャンスと重なるかもしれない。
ただ、チャレンジしつづけるにしても、これまでの無作為に新しいものに手を出すようなやり方も、できるだけ意識的に改めて、もっと戦略的にいく必要がありそうだ。ここで、「ロールモデル思考法」を、さっそく真似してみているところだ。自分が惹かれた(惹かれている)もの、人を列挙して、どの部分に惹かれているのかを押さえていく。今まで、無意識のうちにやっていた気もするけれど、意識的にやってみるとだいぶ違う。帰りの電車の中でメモしていっただけでもずいぶん整理できた。あとは時間の使いかたか。「やめること」も決めなきゃ、というところ。
どこまでできるかわからないけれど、この本に出会えたことに、また感謝できる日がくることを信じて、このエントリを残しておこうとおもう。
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